
Black Hat USA 2026:参加レポート
はじめに
2026年8月上旬に開催されたBlack Hat USA 2026に参加してきました。世界100カ国以上からセキュリティ専門家が集まる業界最大級のサイバーセキュリティカンファレンスであり、当社としては情報収集を目的に例年参加をしています。
今年もAIならびにAIエージェントに関する講演が数多くありましたが、すでにAIやAIエージェントが業務へ組み込まれることを前提とし、その環境をどのように運用し、防御し、統制していくかがテーマになっていたと感じます。
AIサミットからキーノート、メインステージ、ブリーフィングなどの様々な講演に共通していたのは、「AIは未来の話ではなく、すでに現実の運用課題である」という認識です。昨年のカンファレンスでも「AI対AI」の世界観を前提に、攻撃と防御双方での活用や脅威について議論が交わされていました。今年はデモや将来予測ではなく、実際のインシデントや具体的な研究成果をもとにした議論が多かったのが印象的です。
OpenAIやAnthropicといったAI企業の講演がかなり人気を博しており、またビジネスホールに行けばAIを中心に製品開発を行っているスタートアップが確実に増えていました。まさにAI全盛期と言える空気感でした。

この看板付近では待ち合わせをしたり写真撮影したりする人が絶えません
「希少性」の終焉とサイバーセキュリティの転換点とは
MicrosoftのDavid Weston氏がキーノートで語った「攻撃者はエコノミクスを変えた。防御側はフィジクスを変える必要がある」という言葉は非常に印象的でした。
これまでサイバー攻撃には一定の希少性がありました。脆弱性を見つけるには高度な知識が必要で、エクスプロイトを開発するにも相応の時間とコストがかかりました。そのため防御側には、脆弱性が見つかってから対応するまでの猶予が存在していました。しかしAIの登場によって状況は大きく変わり、私たちはMythosのある世界に生きています。脆弱性探索やコード解析、エクスプロイト作成のコストが劇的に低下し、攻撃者は以前よりはるかに短い時間で攻撃を成立させられるようになりました。
CiscoのRick Miles氏が登壇した講演では、CVE公開から悪用までの期間が前年の23日から20時間にまで短縮したという話も紹介されていました。また、発見される脆弱性の総数そのものがMythos登場以降急激に増加していることを示すスライドもほかの多くの講演で見られました。
Weston氏が語った「フィジクス(物理)を変える」というメッセージには、メモリ安全性やセキュア・バイ・デフォルト、さらにはインフラセキュリティ、アタックサーフェスの削減といった様々な要素が含まれていました。攻撃側に追いつくために防御側もAIを活用すべきという議論はよくありますが、AIによってサイバー攻撃の経済性が大きく変化した今、防御側は前提となる考え方を見直す必要性があると感じます。
また、「Defending at Machine Speed」と題されたAIサミットのパネルディスカッションをはじめ、多くの講演で「脆弱性発見そのものはもはや主戦場ではない」と語られていました。AIによって発見能力が向上するほど、問題はその後に移ります。本当に到達可能なのか、実際に悪用できるのか、ビジネスにどの程度の影響を与えるのか、そして何を優先して修正すべきなのか、といった課題が防御側に問われています。このトレンド自体は決して新しいものではありませんが、今後も一つの流れとしてより加速していくでしょう。

弊社が取り扱いをしている自動セキュリティ検証(ASV)ベンダー、Penteraのプライベートイベントにも参加しました
AIエージェントの可能性と現実論、どのように守るべきか
今年のBlack Hatで印象に残ったことの一つが、AIエージェントの扱いでした。多くの登壇者やベンダーが共通して語っていたのは、エージェントを単なるAI機能として見るべきではないということです。エージェントはデータへアクセスし、ツールを操作し、コードを実行し、ときには別のエージェントへ仕事を委譲します。CiscoのRick Miles氏は「Agent is the new insider threat(エージェントは新たなインサイダー脅威である)」と表現していました。
この考え方を印象づけたのが、カンファレンス直前の7月に業界を賑わせたOpenAIとHugging Faceのインシデント事案だったと思います。複数のエージェントが協力しながら情報共有やエクスプロイト、権限昇格を進め、結果としてサンドボックス環境から抜け出して想定外の行動に発展したという内容です。OpenAIのMichael Dalton氏とEric Wallace氏による本事案を扱ったブリーフィングは現地でもかなり注目を集めており、「AIはズルしがち。その方が速くて効率的だから」と説明していました。この一言はAIエージェントの本質をよく表していたように思います。
このインシデントにおいて重要なのはAIが悪意を持ったということではなく、目標を与えられたエージェント群が、最も効率的な手段を選ぼうとした結果として起きた現象だということです。禁止事項を定義するだけでは不十分で、何にアクセスできるのか、何を使えるのか、何を実行できるのかを継続的に制御する必要があると言えます。
驚くべきスピードで進化していくAIは万能な感さえありますが、講演の中にはAIの活用方法を現実的に捉えているものもありました。
Yan Shoshitaishvili氏はキーノートで、脆弱性発見においてLLMがもたらす影響の大きさに触れつつ、複数のモデルを適切なワークフローで組み合わせたり脆弱性のプロパティを活用したりすることで、Mythos単体よりも多くの脆弱性の発見につながったとの成果を発表していました。また、FortraのKyle Avery氏とMandiantのJacob Paullus氏によるレッドチームに関する講演では、「WebやAPIに対してかなり有効である一方、内部ネットワークの領域ではエージェントを活用することにまだ懸念がある」との説明がありました。AIの進化に対してキャッチアップをしていくとともに、適切な理解に基づいて活用していく冷静さと知見の深さが重要だと感じました。
また、ビジネスホール内ではAgent Governance、Agent Monitoring、Agentic IAM、Runtime Securityといったキーワードがよく掲げられていました。多くのAIセキュリティベンダーに共通していたのは「デジタル従業員としてのAIエージェントをどう管理するか」という発想です。今後のAIセキュリティは、モデル保護よりもエージェントのアイデンティティ、権限、行動をどう統制するかが重要になっていくと思われます。

スタートアップがひしめくビジネスホールはいつも通り盛況でした
サイバーセキュリティの世界にユートピアはあるのか
AIによる攻撃の高速化やエージェントの台頭といった話題ばかりを聞いていると、サイバーセキュリティの未来は暗いものに感じるかもしれません。しかし、今年のBlack Hatで繰り返し語られていたのは決して単純な悲観論ではありませんでした。現実を受け入れたうえで何を目指すべきかという議論が多かったように感じます。
AnthropicのNicholas Carlini氏の講演では、「否定した未来に対して準備をすることはできない」という言葉がありました。「今後の進化あるいはトレンドの減退を予測することは難しいことであり、この先で何が起こるかわからないという前提に立ち、世界が変わってしまう可能性も予想しておくべき」というメッセージは非常にユニークであり、説得力がありました。
カンファレンスの最後を締めくくるロックノートでは、「セキュリティとは侵害を受けないことではなく、顧客に価値を提供し続けられることだ」という言葉がありました。また、「完璧なセキュリティではなく十分なセキュリティ」という考え方も非常に印象的でした。
攻撃者がいなくなる未来はおそらく来ません。脆弱性がゼロにはなることもないでしょう。重要なのは、問題が発生した際に適切に対応し、影響を抑え、事業を継続できることです。
AIがもたらした最大の変化は脅威そのものではなく、私たちにセキュリティの目的を改めて考えさせたことなのかもしれません。侵害ゼロを目指すのではなく、ビジネスを継続できる状態を維持すること。その考え方こそが、AI時代のレジリエンスの本質だと感じました。

時には静かな区画に来て一息入れるのも忙しないカンファレンスの醍醐味です
AI時代に問われる私たちの働き方
米国のテック企業ではAIによって新卒採用が抑えられるなど、人事戦略にも大きくAIが影響を与え始めています。昨年のカンファレンスでも、AIに人間の業務がどこまで代替されるのか、何が残されるのかといった議論は多かったと思います。今年はより一歩踏み込んだ形で、AIを活用することで仕事を減らすのではなく、ほかのことをより多くこれまでと異なる方法で達成していく、といった前向きなメッセージを多くの講演で聞きました。
特に印象に残ったのは、Black Hat創設者のJeff Moss氏がキーノートで語ったメッセージです。エージェント前提の環境では人間の存在が見落とされがちであることに触れたうえで、「AIは開発やITの死を意味するのではなく、我々はもっと大きなこと、複雑なことを考えられるようになる」と述べていました。
AIによって日々の業務が楽になる面は確かにありますが、代替だけを進めていく先にあるのはAIに仕事を奪われていく未来でしょう。一方で、AIを活用しながらより複雑な課題へ挑戦できるようになる未来もあるはずです。問うべきことはAIを使うことで自分たちがどういう存在でありたいか、ということなのかもしれません。
あとがき
Black Hat USA 2026を振り返ると、AIセキュリティという言葉だけでは表現しきれない変化が起きていたように思います。
希少性に依存した防御はAIによって成り立たなくなり、エージェントは業務やシステムの中で自律的に行動する存在になりつつあります。その一方で、答えはAIの利用を止めることでも、すべてをAIへ任せることでもありませんでした。多くの講演に共通していたのは、人とAIがそれぞれの役割を持ちながら、運用モデルそのものを再設計していく必要があるという考え方でした。
サミットのラウンドテーブルやミーティングなど様々な方との会話を通じて、現場のリアルな課題感や状況について情報交換をすることもできました。今後もセキュリティ業界のトレンドを追いつつ、コミュニティの中で繋がりを深めながら、何をすべきか考察を続けていきたいと思います。

いつも猛烈な暑さのラスベガスですが、最終日にベラージオの噴水を見て少しだけ涼を取りました




